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愛と感謝を唄う JPOPシンガー・ソングライター


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生年月日
     1987年11月6日 さそり座 
血液型      AB型
出身地      和歌山県紀の川市出身
あだ名      川ちゃん、こーちゃん
好きな食べ物   お寿司、唐揚げ、クッキー、白いご飯
好きなもの    ミニ四駆、インテリア、食べ歩き
特技       パンツを空中で脱ぐ
憧れの人     ブルース・リー
好きなアーティスト コブクロ、山下達郎、BOYZ Ⅱ MEN、
座右の銘     最後までやり続けた者勝ち



中学2年生の春、選択授業でギターを選択。(小学生の頃、担任の先生がギター弾きだった影響大)
家に眠っていた父の愛用ギターを受け継ぎ、みるみるその魅力にはまっていく。当時、「YELL~エール~」でメジャーデビューを果たしたコブクロ(社長が和歌山のゲーム会社社長のため、デビュー前から和歌山で活動していた)の「轍-わだち-」を練習曲とし、そこから川原光貴の音楽人生がスタートする。
 
ギターを片手に音楽活動を続けながら、歌手になりたいという気持ちが次第に強くなっていく。
大学卒業後、プロを目指すため上京。しばらくは、ストリートやライブハウスなど都内で音楽活動を展開していたが、一旦すべての活動を休止する。プロに師事し、発声や音楽理論を1から学び始める。同時に、1からギターも習い始め、音楽家の基礎的な力を身につけることに専念した。
 
2015年11月に老舗ライブハウス「渋谷La.mama」のオーディションライブに合格。
2016年からは、渋谷La.mamaを拠点に活動再開。同時にオリジナルCD「一期一恵」「負けんな!まだ登り坂の途中やから」を自主制作し、毎月ライブ出演する他、定期的なストリートライブ、北区区民祭りや花火大会ステージなどのイベント出演、結婚式や自宅パーティへの出前ライブ、台湾での交流ライブなど国内外問わず精力的に活動。

2017年1月、音楽仲間の山崎翔平とのユニット『Igauge-アイゲージ-』を結成。5月に行われた島村楽器主催の全国ライブコンテスト「アコパラ」東京大会にて特別賞を受賞する。8月末、山崎の諸事情によりやむを得ず活動を休止。
現在は、ソロアーティストとして再スタート。




 [使用ギター]

Martin D-18
『イっちゃん』


川原が上京する時、
「このギターを持って行け」
と、音楽の兄貴である北川洋之氏が、それまで愛用していたこのギターを川原に託した。当時、川原はMorrisのエレアコを使用していた。
Martinの王道D-18。これぞ本物のMartinの音色であると、コアなファンは口を揃えて語るという。

ピックアップシステムには、18の良さを最大限に引き出すデュアルソース・システムを搭載。ブリッジピン、ブリッジサドル、ナットはすべて特注で水牛の骨を使用したものに変更。ネックの裏側には、真田幸村が旗印として使用していた「六文銭」を貼り付け、「いつまでも初心を忘れない」という北川氏の熱い想いと、ギターへのこだわりが詰まった貴重な1本である。

川原は、この「イチハチ」をパートナーとし、自分の音楽人生が幕を閉じるまで共に走り続けたいと語っている。

愛用弦は、ERNIE BALL EVERLAST (MEDIUM LIGHT)



Fender USA American Vintage '57 Stratocaster
『ライト』

2011年冬にエレキギターを始め、2012年夏に購入。
フェンダーの本家アメリカで生産、その中から現地の職人により厳選された貴重な1本である。
メイプル指板に、シンラッカー塗装が施され、使えば使うほど味が出る「成長幅が広いギター」と言われる。

ギターを始めて10年間、独学で、ただ「ジャンジャカ」とギターをかき鳴らす弾き方しかしてこなかった。改めて1からギターを学ぶためレッスンに通い、ロックを中心にギターを練習。
将来は、このライトが活躍のできるギターリストになることを目標に、日々ギターの特訓に励んでいる。

愛用弦は、ERNIE BALL ピンク色。
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Kohki's History


▶川原光貴の特集記事が掲載されました。
音楽の道を志した少年時代から、現在の活動に至るまでの秘話を大公開!